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てぃーしーけー・じょおう・はい 〜 てんのう・しょう・はる
■ このページに収録している用語
TCK女王盃
帝王賞
デイリー杯2歳ステークス
天皇賞・秋
天皇賞・春

てぃーしーけー・じょおう・はい【TCK女王盃】

最終更新:2010/01
 大井競馬場のダート1800mで行われている牝馬限定のJpn3レース。TCK
はTokyo City Keibaの略で大井競馬場を表している。

 第1回が行われたのは1998(平成10)年で、当時はダート2000mで実施さ
れていたが、2004(平成16)年にダート1800mへと距離が短縮された。歴史
を重ねるにつれて実績馬の参戦も多くなっており、第4回である2001(平成
13)年には宇都宮の最強牝馬ベラミロードが出走して見事1着となった。ま
た、2004(平成16)年と2005(平成17)年にはレマーズガールがTCK女王
盃連覇を果たしている。

 2003(平成15)年からはTCK女王盃の約3週間後にエンプレス杯が開催
されるようになり、TCK女王盃からエンプレス杯へ向かうというローテー
ションが確立された。また、現在では毎年12月にクイーン賞が実施されるよ
うになったことで、ダートを得意とする牝馬はJpn3クイーン賞→Jpn3TCK
女王盃→Jpn2エンプレス杯と、南関東地区で行われるダートグレード競走を
渡り歩くことになる。

 なお、クイーン賞で2着以内になった地方競馬の所属馬はTCK女王盃へ
の優先出走権が与えられる。さらに、TCK女王盃の上位2頭(ただし、地
方競馬の所属馬に限る)はエンプレス杯への優先出走権が与えられる。

 用語 >> 大井競馬場 エンプレス杯 クイーン賞

レースの格

Jpn3

開催競馬場

大井競馬場

距 離

ダート・1800m

出走条件

4歳以上牝馬・別定

賞 金

1着:2500万円

レース優勝馬

2006年:グラッブユアハート     [詳細]
2007年:サウンドザビーチ      [詳細]
2008年:ラピッドオレンジ      [詳細]
2009年:ヤマトマリオン       [詳細]
2010年:ユキチャン         [詳細]


ていおう・しょう【帝王賞】

最終更新:2008/06
 大井競馬場のダート2000mで行われているJpn1レース。春のダート王者を
決めるレースで、JRAの天皇賞のような大レースになって欲しいとの願い
からレース名が帝王賞と名付けられた。

 第1回が行われたのは1978(昭和53)年。当時はダート2800mの長距離重
賞として開催されていた。現在のようにダート2000mで行われるようになっ
たのは中央馬の出走が可能になった1986(昭和61)年のこと。また、1996(
平成8)年にはレース時期が毎年4月から6月へと繰り下げられた。春の大
一番といえるレースだけに、実績のある中〜長距離馬が数多く出走する。た
だ能力があるだけでは勝つのは難しく、遠征に慣れている馬、色々なコース
を経験している馬などが好成績を残している。

 これまで連覇を果たした馬はおらず、過去の優勝馬にはホクトベガ、アブ
クマポーロ、メイセイオペラ、アドマイヤドン、タイムパラドックスといっ
た強豪の名前が並んでいる。

 用語 >> 大井競馬場

レースの格

Jpn1

開催競馬場

大井競馬場

距 離

ダート・2000m

出走条件

4歳以上・定量

賞 金

1着:7000万円

レース優勝馬

1999年:メイセイオペラ
2000年:ファストフレンド
2001年:マキバスナイパー      [詳細]
2002年:カネツフルーヴ       [詳細]
2003年:ネームヴァリュー      [詳細]
2004年:アドマイヤドン       [詳細]
2005年:タイムパラドックス     [詳細]
2006年:アジュディミツオー     [詳細]
2007年:ボンネビルレコード     [詳細]
2008年:フリオーソ         [詳細]


でいりーはい・にさい・すてーくす
 【デイリー杯2歳ステークス】

最終更新:2010/10
 京都競馬場の芝1600mで行われている2歳馬のG2レース。レース名のデ
イリーはスポーツ紙を発行しているデイリースポーツ社を意味する。英字表
記はDaily Hai Nisai Stakes。

 第1回が行われたのは1966(昭和41)年で、当時は阪神競馬場の芝1400m
が舞台となっていた。その後、1974(昭和49)年には距離が短縮され芝1200
mとなったが、1978(昭和53)年に京都競馬場で開催されるようになるのと
同時に再び1400mへと延長された。さらに1997(平成9)年に距離を1600m
へ変更して現在に至っている。また、2001(平成13)年に馬の年齢が数え年
ではなく、満年齢に改められた際に、レース名がデイリー杯3歳ステークス
から現在の名称へ改められている。

 2歳のレースは初夏から開催されるが、夏まではG3止まり。このレース
が最も早い時期に行われるG2レースとなる。北は函館、札幌から南は小倉
まで、さまざまな場所でデビューした2歳馬が、より高い賞金と名声を求め
て集結することとなる。

 しかし、最大目標は冬に行われる2歳のG1、朝日杯フューチュリティス
テークスと阪神ジュベナイルフィリーズで、このレースも冬の大一番に向け
ての前哨戦という意味合いが強い。G1出走を目指す地方競馬の所属馬にも
門戸が開かれていて、このレースで2着以内に入ると地方競馬所属のまま本
番へ出走する権利が得られる。

 用語 >> 朝日杯フューチュリティステークス
     阪神ジュベナイルフィリーズ

レースの格

G2

開催競馬場

京都競馬場

距 離

芝・1600m

出走条件

2歳・馬齢

賞 金

1着:3800万円

レース優勝馬

2005年:マルカシェンク       [詳細]
2006年:オースミダイドウ      [詳細]
2007年:キャプテントゥーレ     [詳細]
2008年:シェーンヴァルト      [詳細]
2009年:リディル          [詳細]


てんのう・しょう・あき【天皇賞・秋】

最終更新:2009/10
 東京競馬場の芝2000mで行われているG1。正式名称は天皇賞。春と秋の
年2回行われることから、2つのレースを区別するために「天皇賞・秋」「
天皇賞(秋)」「秋の天皇賞」などと表記されている。100回を越える歴史
を誇っているが、これも春と秋を合わせて数えているためで、実際にはその
半分程度となる。

 天皇賞の前身は1905(明治38)年に横浜(現在は存在しない)で行われた
エンペラーズカップ。明治天皇から賜った「御賞杯」がその賞品となったこ
とからエンペラー(皇帝)の名前がついたものと思われる。翌1906(明治39
)年には横浜だけではなく、東京や阪神など合計7つの競馬場及び競馬団体
でも同様のレースが行われ、このときは「帝室御賞典」として開催された。

 その後、各地の競馬団体が統合して日本競馬会(現在のJRA)となった
のを契機に、帝室御賞典は東西で年に2回開催されることになり、第1回は
1937(昭和12)年に秋の東京競馬場、芝2600mを舞台にして行われた。翌年
の1938(昭和13)年からは距離を芝3200mへ延長して、4歳(旧年齢表記5
歳)以上の馬の最大目標となった。

 第2次世界大戦によって1944(昭和19)年から3年間レースは中断された
ものの、1947(昭和22)年に見事復活、この年からレース名が天皇賞へ改め
られ、現在へと至っている。

 天皇賞を勝った馬は再び出走できないという「勝ち抜け制度」が1981(昭
和56)年に廃止され、また1984(昭和59)年には芝3200mから芝2000mへと
短縮されたことにより、中距離を得意とする馬のチャンピオン決定戦という
意味合いが強くなった。さらに1987(昭和62)年には3歳(旧年齢表記4歳
)の馬も出走できるようになり、1996(平成8)年にバブルガムフェローが
菊花賞ではなく、天皇賞・秋に出走して1着となった。その後も制限の撤廃
は続き、1995(平成7)年には地方競馬の所属馬、2000(平成12)年には外
国産馬にも門戸が開かれ、翌2001(平成13)年にはアメリカ産であるアグネ
スデジタルが1着となった。また、2005(平成17)年からは外国馬も出走が
可能となり、長い間出走が叶わなかったセン馬も2008(平成20)年から出走
できるようになった。

 地方競馬の所属馬が天皇賞・秋に出走するためには、毎日王冠、オールカ
マー、京都大賞典のいずれかのレースで2着以内になる必要がある。

 後に控えているジャパンカップ、有馬記念とともに3歳以上の馬にとって
秋の最大目標となっていて、この3つのレースをすべて勝つと特別ボーナス
が支給される。1年に3つとも制したのは2000(平成12)年のテイエムオペ
ラオーと2004(平成16)年のゼンノロブロイの2例しかない。また、2年連
続で天皇賞・秋を勝った馬はシンボリクリスエス1頭のみとなっている。

 用語 >> 東京競馬場 天皇賞・春 菊花賞 外国産馬 外国馬
     毎日王冠 オールカマー 京都大賞典 ジャパンカップ
     有馬記念

レースの格

G1

開催競馬場

東京競馬場

距 離

芝・2000m

出走条件

3歳以上・定量

賞 金

1着:1億3200万円

レース優勝馬

1999年:スペシャルウィーク
2000年:テイエムオペラオー
2001年:アグネスデジタル      [詳細]
2002年:シンボリクリスエス     [詳細]
2003年:シンボリクリスエス     [詳細]
2004年:ゼンノロブロイ       [詳細]
2005年:ヘヴンリーロマンス     [詳細]
2006年:ダイワメジャー       [詳細]
2007年:メイショウサムソン     [詳細]
2008年:ウオッカ          [詳細]


てんのう・しょう・はる【天皇賞・春】

最終更新:2011/05
 京都競馬場の芝3200mで行われているG1レース。正式名称は天皇賞。春
と秋の年2回実施されることから、区別するために「天皇賞・春」「天皇賞
(春)」「春の天皇賞」などと呼ばれる。春と秋を合わせると100回以上開
催されている伝統のあるレースで、3歳クラシックレースとともに競馬関係
者の目標になっている。

 天皇賞の前身は1905(明治38)年に横浜競馬場(現在は存在せず)で行わ
れたエンペラーズカップ。明治天皇から賜った「御賞杯」を争ったレースで
翌年以降は東京、阪神、小倉、福島、札幌、函館の各競馬場でも同様の帝室
御賞典が実施された。

 その後、各競馬場を管理する競馬倶楽部が統合して日本競馬会となったの
を契機に帝室御賞典は年2回実施することになり、第1回は1937(昭和12)
年に秋の東京競馬場を舞台にして行われた。第2回は翌1938(昭和13)年に
春の阪神競馬場の芝2700mで行われ、これが現在の天皇賞・春の原点になっ
ている。さらに翌1939(昭和14)年からは芝3200mへと延長され、4歳(旧
表記5歳)以上の馬の最大目標となった。

 第2次世界大戦の影響により、1944(昭和19)年は馬券を発売しない能力
検定競走となり、翌1945(昭和20)年と1946(昭和21)年はレースが休止と
なった。しかし、1947(昭和22)年には京都競馬場を舞台にして見事復活。
この年は平和賞として実施されたが、翌年からは天皇賞へと名称を改め、現
在に至っている。

 長距離レースを制する馬こそが真のチャンピオンという考えもあり、天皇
賞を勝つことは最大の栄誉として4歳以上の馬を所有・管理する競馬関係者
の目標となり続けた。以前は天皇賞を勝った馬は再度天皇賞に出走できない
という勝ち抜け制が存在したが、1981(昭和56)年にこの制度は廃止され、
1992(平成4)年には前年の優勝馬であるメジロマックイーンが再度1着と
なり、はじめて天皇賞・春の連覇を達成した。1995(平成7)年には地方競
馬の所属馬にも門戸が開かれ、また2000(平成12)年からは外国産馬も出走
可能になっている。さらに2005(平成17)年には外国からの挑戦も受け付け
る国際競走となり、2008(平成20)年からはセン馬も出走可能となった。

 天皇賞・春を目指す馬が前哨戦に選ぶのは阪神大賞典、日経賞、大阪杯な
ど。特に距離が3000mと長い阪神大賞典が重要視されていて、本番さながら
の好勝負となることが多い。天皇賞・春の後は短期間の休養などを挟んで春
のグランプリである宝塚記念を目指す。また、2008(平成20)年から1着馬
にはメルボルンカップに優先して出走できる権利が与えられるようになった
ことで、秋に南半球の大一番を目指すという選択肢もある。

 用語 >> 天皇賞・秋 外国産馬 外国馬 阪神大賞典 日経賞
     大阪杯 宝塚記念

レースの格

G1

開催競馬場

京都競馬場

距 離

芝・3200m

出走条件

4歳以上・定量

賞 金

1着:1億3200万円

レース優勝馬

2002年:マンハッタンカフェ     [詳細]
2003年:ヒシミラクル        [詳細]
2004年:イングランディーレ     [詳細]
2005年:スズカマンボ        [詳細]
2006年:ディープインパクト     [詳細]
2007年:メイショウサムソン     [詳細]
2008年:アドマイヤジュピタ     [詳細]
2009年:マイネルキッツ       [詳細]
2010年:ジャガーメイル       [詳細]
2011年:ヒルノダムール       [詳細]

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